写真館の写真-オトコ編


51歳、女性との交際経験は無い。
無名とは言え、取りあえず大卒で、安定企業に勤続28年。
年収は480万円くらいだが、父から引き継いだ不動産収入が200万円ほどある。
条件的には悪くないと思って結婚相談所に入った。
甘かった。
身長158㎝、体重78㎏の体型が悪いのか、化粧していない時の梅沢富美男に似ている父と
失敗した福笑いのような母のDNAを引き継いだ顔が悪いのか
見合を受けてくれる女性が居ない。
700円の証明書用の写真ではダメだと結婚相談所でアドバイスを受けて写真館に行った。

写真館は、明るかった。
指紋だらけの眼鏡が急に恥ずかしくなった。
鏡の前に座らされ、「眉を調えます。」と言われた。初めて聞く日本語だった。
眉は調えるものだったのか。
髪の毛に何かつけられて、「立ち上げますね。」と言われた。
意味が分からないまま肯いたら、ジャニーズの子みたいな髪型になった。
顔にも何かはたかれて15分。
今度は、「ネクタイは明るい色の方がお顔が映えますよ。」と言われて
常備されているらしい、黄色いネクタイを手渡された。
ネクタイの色など考えたこともなかった。
ここ数年2本のネクタイを交互につけて出勤しているだけで
いつどこで買ったものなのか記憶に無い。
よれて捩じれた自分のネクタイと黄色いネクタイを手に
ネクタイにもグレードと寿命があることを初めて知った。

準備ではビックリすることばかりだったけれど、写真撮影そのものは意外にスムーズだった。
5ポーズ目からは楽しくなってきて、ニヒルな表情でカメラに視線を送ったりもした。

撮影後、それほど待たずに写真が出来上がった。
手渡された写真の中の私は、黄色いネクタイに負けないくらい爽やかで
30歳代といっても通用しそうだ。
本当にこれが自分だろうか。息を吞むとはこういう状況を言うに違いない。
やっと出た言葉が 「これ、オレ?」
カメラマンが、「肌のトーンを少し上げた」とか、「顎のたるみを少し消した」とか、
修正した部分を話して聞かせてくれた。
良く分からないけれど、これがオレだということを言っているらしい。
これがオレで、本当に良いのだろうか。

一人で考えていても埒が明かないので、相談所に写真を持って行った。
なんだか気恥ずかしくて、「こんなの使ったら詐欺だよね。」と言ったら
この写真のようにしてお見合いに臨めばよいのだと力づけられた。
髪の毛を立てるムースはマツキヨで買えることや、小顔になるマッサージも教えてくれた。

プロフィール写真を差し換えた。
翌日、見合い話が来た。その次の日には更に二人の紹介があった。
舞い上がる気分で、最も若い38歳の女性と見合することにした。
すぐに1週間後のお見合い日が決まった。

それから3日目、苦しい。
どうしても写真の中の私と実物のオレが同じ人物だとは思えない。
お見合いに行くのは実物のオレだ。
38歳の女性は実物のオレで大丈夫なのか? 目を合わせてくれるのか? 
話してくれるのか? 万万が一話してくれたとして、オレは話ができるのか?
苦しい。苦しい。
写真とは違う女性が見合場所に登場する話はネットでたくさん読んだ。
それと同じことをオレはやっている。
婚活のプロフィール写真とはそういうものだと割り切るべきなのだろうか。
苦しい。
「誰よ、このオッサン」と思われるに違いない。
苦しい。苦しい。コワい。恐い。怖い。

見合い日が近づくにつれて不安感は更に増し、苦しさは睡眠を奪った。
お見合いは取り下げた。理由は「家族会議で、今回の見合いはダメだと決まった。」と伝えた。
実際、げっそり小顔になった息子を心配した母親に反対されたのだ。
そして、体調が悪いことを理由にしばらく休むことも伝えた。

プロフィールの写真はそのままだ。爽やかに笑いかけてくる写真の私が
オレを慰めているようにも、嘲っているようにも感じる。

女性たちはどんな気持ちで、別人写真で婚活しているんだろう。
誰か教えて欲しい。