結婚相談所で紹介され、お見合いをしたときの彼女は、控えめでおとなしく、
言葉少ない中からでも人柄の良さが感じられ、僕は迷うことなく交際に進もうと決めた。
彼女からの交際に対する返事は数日かかったけれども、
それさえ控えめな彼女らしいと思ったほどだ。
いざ交際が始まると、デートを重ねるごとに彼女の口数はどんどん多くなり、
自分の家族・趣味・勤務先のことに至るまで、本当によくしゃべるようになった。
そんな彼女を見ているのは楽しく、僕にとっては嬉しい驚きだった。
そのうち二人のデートプランも、いつの間にか彼女が仕切るようになってきた。
控えめでおとなしいばかりの女性かと思っていたが、
僕の婚活においてまさに想定外の展開になった。
このごろ思うのだ。これでいいのだろうかと。
このままではずっと彼女のペースに流されてしまいそうだ。
最近では僕の方が控えめでおとなしい存在になってしまっている。
彼女と会っているのは楽しいが、本当にこんな調子でいいのかと考えてしまうのだ。
今日で交際を始めて2ヶ月目を迎える。
彼女がデート場所に指定してきたのは、夜景がきれいに見えるホテルのレストランだ。
なんだかイヤな予感がする。
僕の心がざわめく。
結婚相談所は、とても良い人を紹介してくれた。
だから誠意を持って臨む。僕は決心した。
彼女にとって残念な結果になるとは思うが、仕方ない。僕自身の問題なのだ。
待ち合わせの時間になった。
場所は駅前のスクランブル交差点。これは僕が指定した。
夕暮れ時の今は、特に人が多く賑やかだ。
人波の向こうから彼女が手を挙げて走ってくる。
「待った?」と息を弾ませる彼女に僕は大きな声で言った。
「結婚してください!!」
積極的になった彼女が企んでいたのは、多分彼女からのプロポーズ。
夜景のきれいなレストランで決めようしたのだろうが、そうは問屋が卸さない。
それは僕の役目だ! 令和となり新しい時代を迎えた今でも、
どうしても譲れないものはあるのだ。
どうだ、こんな人が大勢いるところではプロポーズなどできまい!
周囲がシンと静まり返って、僕は我に返った。
自分からのプロポーズを焦るあまり、熱くなっていた。今さらになって頭が冷えた。
そうだ、僕は彼女のプランを台無しにした。
しかもこんなムードも何もない衆人環視のもとでのプロポーズだ。
彼女の怒りが爆発するのは必至。なにより不安なのは、完全に僕の勘違いで、
彼女がプロポーズを考えていることすらなかったとしたら…。
僕はどうしようもない大恥かきの馬鹿野郎でしかない。
「…はい」
そうですか。やっぱり馬鹿野郎ですね…って、
え? 目の前の彼女を見ると、目から大粒の涙をぽろぽろこぼして静かにうなずいている。
それと同時に周囲の人たちから歓声が上がる。
「オメデトー!」
知らない人たちからの祝福の声。
これまでに見たこともない、彼女の美しい涙。
なにもかもが想定外のうちに、僕の婚活は幕を閉じた。